ラッキーアイテム


暮らしの中で、これを見たら気分が上がるっ!という
自分のラッキーアイテムを作っておくと楽しいよ♪と
書かれていた本を偶然見掛けた。

子供の頃の私は、
そんなラッキーアイテムを沢山もっていた事を思い出した。

白線を踏まずに横断歩道を渡れたらラッキー♪
緑のナンバーの車を見かけたらラッキー♪
ピカピカの十円玉をもらったらラッキー♪
泥だんごを割らずに磨けたらラッキー♪
ケセランパサランを捕まえたらラッキー♪

泥だんごを作らなくなったせい?
白線を踏まないで横断歩道を渡る心のゆとりが無くなったせい?
大人になるにつれて
そんなラッキーアイテムはだんだん減っていった。

減りはしたが、
今なお持っているラッキーアイテムのひとつは虹。

空にかかる虹
彩雲
噴水の中に見える虹

虹を見つけると
自分が何か大きな力のようなものに
不思議と守られている気がするのだ。

出会えた事、見つけられた事だけで幸せを感じる、
そんなちょっとしたプレゼントが毎日の生活を
心地よいものにしてくれる。

それならラッキーアイテムは多い方がよい!
子供達のキラキラとした目とワクワク感!
その秘密はラッキーアイテムだっだのかもしれない。

そう・・・
子供の頃のように沢山のラッキーアイテムを持っていたら・・・

私も・・・

よ〜し!
今日からラッキーアイテムを増やしていこう!

川辺を飛ぶカワセミ
列をなして歩くカルガモ
公園の焼き芋屋さん

調子が出てきたぞっ〜〜〜!!

出来るっ!!


先日、アスリートとして、またタレントとしても
活躍する武井壮さんの生い立ちをテレビで見た。

彼が野球をやっていた小学5年生の時、
「ホームランを打つぞ!」と思い
バットを振ったのに、空振りをしてしまった。
この事に彼はとても衝撃を受けたと言う。

日常生活の中で
「ここにあるコップを取ろう」と思っているのに
空振りしてコップが取れなかった事は一度としてない。
なのにどうしてボールはバットに当たらなかったのだろう?

その時彼は、
もしかしたら僕は自分の体を
自分が思った通りに動かせていないんじゃないか?と疑問をもった。

目をつぶって鏡の前に立ち
両腕を地面に平行に上げる。

自分では平行に上げているつもりの左右の腕が、
実際はちょっと上過ぎたり下過ぎたりしていた。

目を開けて修正をかけ、もう一度目を閉じる。
そして本当に平行に上がっている腕の感覚を覚える。

これを繰り返すと、
最初から目を閉じていても、それが出来るようになる。

そんな風に、自分が思った通りに体を動かす訓練を
小学生の頃からやっていた。

やがて彼は大学生になり、
10種目競技大会で日本チャンピオンになる。

一方で、そんな彼の生い立ちは決して順風満帆ではなかった。

両親の離婚。
兄弟だけの生活。
兄の死。

それでも彼は、
アスリートの世界でチャンピオンになり、
兄がめざしていた芸能界に飛び込んだ。

普通ならこの環境を嘆き悲しみ
自分が人生の主人である事を忘れてしまうような状況・・・

しかし、彼は人生の舵を自分自身で取り、
思い通りに動かしている。

思い通りに動かない体と心・・・
それはきっと自身の決め付けでしかない。
そして、逃げ口上・・・

幼い時の彼のように、
「やれば出来る!」と信じて疑わない素な心があれば・・・

そう!私も自分を信じて、
体や人生を思い通りに動かす訓練を始めよう。

スパルタは無理。
褒めて育てて、おだてて動かす。

そして晩には・・・

頑張ってくれた体と人生に「乾杯!」 ってやっぱりこれ!!

メッセージ


年の瀬、
お年寄りが若い頃の自分に向けて
メッセージを送るという企画の番組を観た。

お年寄り達は、
若い頃の自分に
「おーい!20歳の頃の俺!
今は会社の成績が上がらず悩んでいると思う。
この先も色々あるけど、大丈夫!
お前は元気でこの年まで生きてるよ。
あの頃踏ん張ってくれて、ありがとうー!」
等とメッセージを送っていた。

80歳の私が今の私にメッセージを送ってくれたら
どんなメッセージになるのかな?

「大丈夫!そのまま前を向いて進んで行ってーー!
色々あるけど、それがあなたを成長させてくれるし
それがなきゃつまんないでしょ~」って、
まるで小説の主人公に話しているようなメッセージが来る気がする。

「だって、小説だったら読者をワクワクさせなきゃ~
ここらで盛り上がりを作るためには、この出来事は不可欠だよね~
そして、どん底だと思う出来事の中でこの人と出会う!
ほらほらストーリーに膨らみがでてきたね!」
みたいな感じ…

現実にいる私からすれば、
「いやいや、嫌な部分はいらないから
良い部分だけでお話を構成させて欲しい!」
と文句を言いたくなる。

でも、
「あの頃の色んな経験があったから
今出来るようになったこともある。
何もなかったら成長できてないものね。」と思ったりもする。

さて、私が主人公のこの小説。
この先どのようにしましょうか?

「 おーーい!80歳の私ーー
そちらはどうですかー?
私に起こる全ての出来事は、
きっと良い事に繋がっているって信じてますけどいいですかー?
私は来年も進みますよーー!」

今の私には悔いを残さず進むことしかできないけど・・・

「おー、その調子!その調子!
お前が色々やってくれたお陰で
いまの私があるんじゃよ。ありがとうーー!」と応えてくれるかな?

色々考えても仕方がない!

とにかく私は、「 信じてます!! 」

プログラム


つい先日、フィギュアスケートの国際大会が開催され、
羽生結弦くんが見事に優勝を飾った。

彼の演技は見る者の目を釘付けにし、
日本はもちろん海外でも高く評価された。

それは、大自然の中の風や水、木々等を
表現したいと言って披露したプロブラム。

彼は、スケート演技の中でも、
特にジャンプに注目が集まる今の風潮の中で、
ジャンプだけを特別なものとせず、
プログラム全体の流れの中のひとつのフレーズと捉え、
演技全体の完成度を高めていきたいと話してたという。

その言葉通り・・・

彼の演技は、つむじ風の吹く秋の風景さながらに
大自然の姿を、繊細かつダイナミックに表現していた。

その中で、見事成功した4回転のジャンプは、
風に舞い上がった葉のように軽やかで、
プログラムの中に完全に溶け込んでいた。

私は、
氷の舞台で、どこまでも高みを目指す姿に感激した。

自らを振り返れば、
私も自分でなりたい像を決め、
彼のようにそれを演じる事が出来る。

スケートのショートプログラムのように
なりたい自分を演じるのも楽しいかもしれない。

ミュージカル調、元気に明るい主人公と行こうか。
フルートの音色の中、清らかな精霊と行こうか。
はたまたコミカルな喜劇風?

羽生選手のように観ている人も引き込むような
プログラムを演じられたら最高だな~

でもね・・・

先ずは自分が楽しめるプログラムにしていこう~っと!!

淡々と


先日、私の幼い頃の友人から久しぶりに連絡があった。

彼女は大学で野球をやっている息子さんを持っていた。
息子さんは小学校から野球を始め、
中学、高校、大学と野球で進学をしていた。

彼女からは、
息子の大学での最後の試合を観戦に行くので、
一緒に応援に行かないかと誘いを受けた。
私も彼の成長ぶりを見てみたいと思い、
応援に行くことにした。

当日は小雨混じりの冷たい日だった。
彼のポジションはピッチャー。
そして、リーグ優勝を掛けた試合が延長戦までもつれ込んだ。
彼は恐ろしいほどの重圧の中で、淡々と投げ続けていた。

試合では、様々な選手達の念いが交錯する。
「ここで打たれたら負けてしまう!」という不安。
「ここで打ち取ったら勝ちだ!」という希望。
「このバッターは、先ほど大きなあたりを打たれた。」という敗北の記憶。
「このバッターは、この試合全て押さえているぞ!」という勝利の記憶。

しかし彼はそうした念いを全てを吹っ切って投げているように見えた。

今、この一球を投げるのみ・・・
それだけに集中していた。

投げた球がホームランになっても三振を取っても、
雨が降っても気温が下がっても、
接戦の中で、チームが逆転しても逆転されても、
次の一球を、また全身全霊で投げる。

彼は何が起こっても動揺することなく、
ただただ淡々と投げていた。

その時私は、ふと
「今この瞬間に生きる」って
こうゆう事なのかもしれないと思った。

未来も過去も全て捨て、
今の状況を全て受け入れ、
この瞬間を全力で生きる。

その後試合は、感動的な逆転サヨナラで勝利した。
チームも応援団も観客も、大いに喜び湧いた。

でもあれだけの試合をした彼にとっては、
もしかしたら結果はもうどうでも良いのかもしれない。
もちろん勝つことは嬉しいことであるが、
全ての力を出し切った今、
たとえ負けたとしても悔いなどないのでは?
自身の中に価値ある何かを獲ることができたのでは?
などと想いを巡らせた。

私はこの試合を観戦できたことを、友人に感謝した。

不安や後悔をうろうろしてたら
もったいない!

結果ではなく今の自分の感覚を信じて・・・

そう!
歓喜に沸くその瞬間の為でなく
今この瞬間を生きる為に!

「My favorite things  ~私のお気に入り」


映画サウンド オブ ミュージックの中の名曲
「My favorite things~  私のお気に入り」は私が子供の頃から大好きな歌。

激しい雷の音を怖がり、子供達が次々と家庭教師マリアの部屋へ逃げ込んでくるシーン。
そこで怖がる子供達にマリアが歌う。

怖い時、悲しい時は、
自分の大好きな物を思い浮かべれば
最高の気分になるという歌だ。

マリアの大好きなものは、
バラに光る美しい雨の雫や
子猫のかわいいおひげなどで、
高価なお宝ではなく
身の回りにあるちょっとしたお気に入りの物。

そんなちょっとした自分のお気に入りが、
悲しい気持ちを楽しい気持ちに変えてくれる
とマリアは歌の中で語る。

久しぶりにこの映画を見ながら、
ふと私のお気に入りは何かと考えた。

朝の霧
様々な太陽の光り

秋刀魚のにぎり
乾杯のビール
昼間のシャンパン

毛むくじゃらの蕾から咲きでるポピー
三日月
赤ワインとブラックチョコレート
etc…

「こんな物はお気に入りにはいるのか?」とも考えたが、
自分が「良いな~」と思ったものは
みんなお気に入りにしようと決めた。

確かに、お気に入りの物たちを思い浮かべると、
私の気持ちもふわっと軽くなった。

そういえば以前読んだコラムの中で、
「時に人は幸せより不幸を見つめがちだが、
不幸からは幸せは生まれない。」という言葉があった。

これだけ沢山のものが溢れる世の中。
でもその中で、大好きなものを見つける事が出来る事は、
なんだかあらためて凄い事のような気がする。

そうだ!秋の長夜、
大好きな物を書き出してリストにしてみるのも楽しいな。

「 どんなお気に入りを書いた?」
って友人のお気に入りも見てみたいな。

「 これもいいね〜」って、自分のお気に入りも膨らむかも・・・

Let’s try !!

想定内


この夏私は、
オリンピックに釘付けだった。

選手達のはじけるような喜びや雄叫び、
そして勝利の瞬間、天を仰ぐ勇姿に
どれだけの感動を戴いたことか!

漫画や、映画でしか観た事がないような
崖っぷちからの大逆転劇に
涙が止まらなかった。

若い選手達の弾けんばかりのエネルギー、
ベテラン選手の気合いと執念。

崖っぷちの場面でも、
最後まで自分を信じきれる強さに驚かされた。

あるテレビのコメンテーターが大逆転の試合について、
「あの試合展開は、彼らの想定内だった。」と語っていた。

つまり、デュースデュースの戦いになる事、
ギリギリまで追いつめられる事、全てが想定内だったと。
だからこそ、誰もが負けを予感してしまうような場面でも
大逆転ができるのだと。

こうした事には逆のケースもある。
例えば、今まで一度も負けた事がない相手と戦う際、
経験値から相手のレベルを「 だいたいこの程度 」と低く想定してしまい、
相手がそれ以上の戦いをして来た場合だ。
すると、
「この決め球を返せる訳が無い!」
「こんな所に打てる訳が無い!」と動揺する。
動揺は、ミスを生み
あと一歩のところで勝利が逃げて行く。

私は、夢を実現する為には、
それを達成したときの良い場面だけにフォーカスして、
イメージを創っていくのが良い方法だと思っていた。
それが、ポジティブな思考だと思っていた。

でも、勝利の前に起きうる様々な試練。
夢にたどり着く途上では、そんな事も起こり得ることだと
腹を据えて向き合う事。

それが土壇場の場面で
「想定内、想定内」と冷静に戦う事が出来、
ついには夢を実現させるのだろう。

私は自分の夢に
何を想定しているだろうか?

「こんなはずじゃなかったーー!」
「思っていたのと違うーー!」
とうろたえ、動揺するのが常・・・

そう!「想定内、想定内」と
あの選手達のように強く、しなやかにいきたいな。

夏の過ごし方


つい先日、
夏の乗り切り方という話しを聞く機会があった。

そこで語られていたのは、
中国の古い書物に書かれている「 夏の過ごし方 」についてであった。

その書物には、
早寝、早起き
日光を厭わずにおおいに太陽を取り入れる。
適度に汗をかくようにする
怒らないようにする
体も心も充分開放する
積極的に表に出て行動する
とあるそうだ。

おおいに太陽を取り入れるにも
昼間の太陽は暑すぎるので
早起きをして朝日を浴びると良いとのことらしい。

確かに、梅雨の明けた今日あたりも
早朝は未だ空気がひんやりとして
歩いて汗をかいても気持ちがよい。

これが寝坊をしてスタートが遅れると
太陽は高々と上がり
歩く気もおきないほど暑くなる。

ギラギラのお日様の元
無理して表に出ても熱中症になるのが落ちだ。
涼しい時間帯、涼しい場所に出かけて行くのが良いのだろう。

以前行った御岳山ロックガーデンが恋しくなった。
そこは、緑に覆われて苔むした岩間を清川が流れている。
夏でも涼しく過ごせる魅力的な場所だ。

話しは戻るが、
夏の過ごし方は更に続く。

夏の養生としては、
●胃腸をいたわる
●熱がこもらないようにする
●適度に汗をかく
●体に必要な水分を保つ
と書かれている。

暑いと、とかく冷たいものばかり
飲んだり食べたりしがちだが、これが胃腸を冷やす。

冷たいものがたべたくなったら
体を温めるシナモンや胡椒などのスパイスを
上手に組み合わせると良いとのことだ。
そういえば昔から日本で夏の食卓の定番である「冷や奴」。
この冷や奴には、茗荷・ねぎ・生姜などの薬味がたっぷりと乗っていて、
薬味をどけて豆腐だけを食べないようにしかられたものだった。

冷房の涼しい部屋にいると汗をかかずに熱がこもるので
夜はシャワーだけで済ませずに、しっかりとお風呂に入るなど
発汗させたほうが良いとのことだった。

そして、夏の過ごし方の話しの最後のくだりでは、
体に必要な水分と塩分の為に『 梅干し 』を食べる事が勧められていた。
クエン酸により疲労回復にも効果があるそうだ。

古来から梅は三毒を断つと言われている。
水毒 … 体内の過剰な酢分の停滞
食毒 … 食生活の乱れにより生じた未消化物
血毒 … 血液の汚れや停滞

夏の生活に梅干しを上手に取り入れ、体を内から整えたいものだ。

これで話しは終了したが、
あらためて見返すと当たり前のようなことばかりだと感じる。

『 むかしの人々の知恵 』・・・

ひとつひとつは当たり前の小さな事。
でも、この小さな事を積み重ねるかどうかで
夏の体調は変わる。

よし!私も、
中国の古くからの知恵に学び、
風鈴・打ち水・すだれ・金魚など
五感で諒をとり夏を楽しむ日本の昔からの知恵も総動員して
今年の夏をすこやかに過ごそう!

そうだ!花火だ!
花火を見に行こう!

た〜まや〜〜〜

裏と表


私の友人は、
今、新たな夢に向かって動き始めている。

夢を語っている時、彼女はとても楽しそうだった。
希望と期待を胸に、ワクワクとしていた。

しかし、現実に話しがどんどん進むにつれて
彼女に様々な不安が沸き上がってきた。

そんな中で、
彼女はマザーテレサの言葉に出会った。

マザーテレサは語る。

「人はしばしば
不合理で、非論理的で、自己中心的です。
それでも許しなさい。

人にやさしくすると、
人はあなたに何か隠された動機があるはずだ、
と非難するかもしれません。
それでも人にやさしくしなさい。

成功をすると、
不実な友と、
本当の敵を得てしまうことでしょう。
それでも成功しなさい。

正直で誠実であれば、
人はあなたをだますかもしれません。
それでも正直に誠実でいなさい。

歳月を費やして作り上げたものが、
一晩で壊されてしまうことになるかもしれません。
それでも作り続けなさい。

心を穏やかにし幸福を見つけると、
妬まれるかもしれません。
それでも幸福でいなさい。

今日善い行いをしても、
次の日には忘れられるでしょう。
それでも善を行いを続けなさい。

持っている一番いいものを分け与えても、
決して十分ではないでしょう。
それでも一番いいものを分け与えなさい。」

彼女は、マザーテレサのこの言葉の中に、
本当の強さと覚悟を見た気がした。

全ての事は表裏一体、まるでコインのようだ。

成功の裏には、
不実な友や本当の敵を得てしまう事がある。
また、正直・誠実であると、
人からだまされてしまう事がある。

それでも、そのコインをつかみなさい。
その裏で起こる出来事は想定内です!
覚悟を決めてそのコインをつかみなさい。
とマザーテレサは言っている。

彼女自身、自らを振り返ると、

有名になりたいけど批判はされたくない。
充実し、バリバリ仕事をしたいけど
自由な時間が無くなるのは嫌。

コインの表側は欲しいけど、
裏側はいらない。

そうすると、
表側だけのコインなんて無いので、
コイン自体を手に入れる事ができない。

幸せになる覚悟はありますか?
と問いかけられている気がした。

それは、
表と裏、全部ひっくるめて受け入れる覚悟がありますか?
という意味だろう。

こんな話しをした後、
彼女は、「もう嘆くのは、やめにしよう~!」
と言っていた。

きっと彼女は、
これから先歩んで行く夢の裏面とも
ちゃんと向き合っていくだろう。

裏面に出会っても、
「 想定内です!」と言えるように覚悟を決めて・・・

日常


4月からの始まった朝ドラは、
「 暮らしの手帳 」という雑誌の創刊者がモデルのお話し。

戦後間もなく、女の人を幸せにする雑誌を創りたい!
という思いで創られたものだという。

その雑誌には、
「素敵なあなたに」という人気コーナーがあり、
そこに掲載されていたエッセイだけを纏めた本まで出版されていた。

この本が、祖母の代から私の実家の本棚にあり、
私自身も大好きでよく読んでいた。

ドラマの中、
主人公である彼女は、
「 日常のささやかな心がけを大切にして
小さな幸せを見いだせる人になりたい。」と言っていた。

その宣言通り、彼女のエッセイ集
「素敵なあなたに」は、
日々の暮らしの中の
ちょっとした素敵な事が詰まっていた。

ともすると平凡になりがちな日常に
彩りを与えてくれていた。

大成功!
栄光!
賞賛!

時に人は、
そんな刺激的な生き方が、凄いように思ってしまう。

でも、そのコラムの中では、
人生は日常の積み重ねであり、
小さな幸せを至る所に見つけて、
今日という日をちょっと輝く日に出来たら、
素敵な一日となり、
素敵な人生になると綴られていた。

小さな花を小さな瓶に生けてみる。
目が合った人に微笑んでみる。
超大きなジョッキで友人とビールを飲んでみる。

すると少しだけ幸せになる。
本当に取るに足りない小さな心掛けだけで・・・

私も・・・

今日は、
超大きなビールジョッキ賛成っ!!
素敵な人生創っていこう〜!

積み重ね!積み重ね!